最近、良かれと思ってしたことが、思わぬ方向に行ってしまいました。

知り合いが尿もれで困っており、私と骨盤底筋トレーニングをしましょう、という話になっていました。
その前に彼女は婦人科に診察に行くというのでレッスンはその診察後にしましょう、とも。

しかし、婦人科で精神的にツライ思いをしたらしく、今は骨盤底筋と向き合えそうにないと感じたので
レッスンはやめることになりました。

骨盤底筋には尿道、腟、肛門があり、デリケートな話にもなってくるわけです。
時に、性生活を鑑みることにもなります。
腟トレともいいますからね。

出産経験もなく、婦人科検診もしていない彼女にとって婦人科はとてもハードルが高く、
そこで、自分の気持ちが追いついていかなかった感じです。

尿もれだけで婦人科に診てもらおうという方は少ないと思うので、彼女の行動はすばらしいと思います。
私は医師ではないので、骨盤底筋の衰えではないか?と思っても他の疾患があるかもしれないし
まずは、医師の診断ありきです。

私に診察時に感じたことを伝えてくれたのですが、その気持ちを言葉にする段階で自分と向き合うのに
ものすごくエネルギーを使って疲れただろうな、ということがわかりました。

そこで、私が良かれと思ってしたことは、彼女に重荷になってしまったにではないかと落ち込んでしまったわけです。

そんな時ちょうど、良かれと〜と落ち込んでいたAさんに、Bさんがこの言葉が好きで好きですと紹介したものが
私にも響いたので転用します。


稲盛和夫さんの言葉です。

大きな夢を描き、それを実現しようとするとき、「動機善なりや」ということを自らに問わなければなりません。自問自答して、自分の動機の善悪を判断するのです。
善とは、普遍的に良きことであり、普遍的とは誰から見てもそうだということです。自分の利益や都合、格好などというものでなく、自他ともにその動機が受け入れられるものでなければなりません。また、仕事を進めていく上では「私心なかりしか」という問いかけが必要です。自分の心、自己中心的な発想で仕事を進めていないかを点検しなければなりません。
動機が善であり、私心がなければ結果は問う必要はありません。必ず成功するのです。

骨盤底筋をトレーニングすることは生活の質の改善につながる!と私は思っています。

私心がなければ結果は気にしない。

受け取る側の問題。


症状が改善し喜んでいる人もいるので

諦めず、続けていきます!

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